ことば置き場

物語をめぐり、言葉をめぐり、それから。

Essai3 運命についてーポペスク『砂漠の下の海』から

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 先週金曜日、都内の大学の外部講師としての仕事を終えた。もう大学の教壇に立つことはないだろうと思い、最後にもう一度振り向き青空の下の講義棟を眺める。大勢の学生を前にして大講義室で喋るということを何年もやってきて、慣れているはずなのに、いつも緊張感があった。張り詰めた私の唇は、何事かを饒舌に語っていた。

 運命を受け入れよう、と漸く思えた。鷗外のいう諦念(レジグナチオン)に、少し似ているかもしれない。

   この春からまったく新しい生活がはじまることに対し、私はずっと思い悩んできた。これで良いのだろうか。自分の選択は間違っていなかったか。大の大人が何を、と人は言うかもしれないが、いくつになってもそういうものである。たとえ、老いを目の前にしても。

 運命についてずっと考えているうち、一つの物語に出逢う。

 翌日の土曜日の午後、早めに仕事を終えた私は、夕飯にはまだ早いだろうと思い、久しぶりに近くの図書館に立ち寄った。一冊の本を借りるためだ。館内OPAC(検索機)で調べ、印字した紙を見ると地下の書庫にあるようだった。カウンターの司書の方にお願いし、持ってきてもらうことにした。

 表紙には『世界短編名作選 東欧編 監修 蔵原惟人』と書いてある。

 私はその場でページを繰り、ポペスク『砂漠の下の海』に目をやった。数行読んだだけで私はその世界に入り込んだ。書架の前に置かれた椅子に座り、集中する。やがて閉館を知らせる音楽が流れてくるが、一気に読み進めた。

 物語の舞台は戦時のルーマニア。主人公はドイツ軍を撃退するために、ある任務を命じられている。その任務の実行が午後五時であり、一秒でも遅れることのできないものだった。その前に、心を寄せている少女のもとを訪ねる。ひととき時間を忘れるが、ふと時間を思い出しては緊張する青年。任務が失敗しても成功しても、殺される可能性が高かった。やがて任務は成功し、橋脚を爆破した後、無事逃げ果せるが……。

 その後、青年には意外な運命が待ちうけているが、ここでは触れないでおこう。

 五時だ。私は閉館時間きっかりにその短編を読み終えることができ、しばし呆然とする。

 人は、いつどうなるか分からない、不確実な未来に向かって進んでいく。その分からなさゆえに、予測を立てたり幻想を身にまといながら行動をする以外にない。それはそうだろう。そうでないと誰も生きていくことはできない。にもかかわらず、何かが突然、俺の首を摑むのだ。チェスのプレイヤーがポーンの頭を摑むように。

 考えてみれば、その情景は恐ろしい。

 しかしその瞬間を受け入れることが、運命を受け入れることでもある。

 いつもどおりの明日はやってくるだろうか。

 

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