ことば置き場

物語をめぐり、言葉をめぐり、それから。

#7 Rebecca’s determination

#7 Rebecca’s determination

 不意の襲撃だった。生き残った者はわずかにいるが、組織は壊滅状態に陥っていた。スカンディナビア半島北端にあるサンタクロース連合中央理事会の理事長は、オルト・ヒューマンの仕業だと漏らした。

「オルト・ヒューマン?」

   ニコルは初めて耳にする言葉を反芻した。理事長は撃たれた腹部を押さえながら、懸命に、部下に説明をこころみる。出血がひどい。白い髪と髭に覆われたその顔の眼光はしかし、鋭かった。

「ああ、人間至上主義の排外団体だ。人間の最右翼に位置する奴らの狙いは、人間を超える存在をこの世から抹殺することだ」

「つまり、俺たちのような、異能の存在を、か」

「ぐぅ……。まあ、そんなところだ。もうすぐ激しい魔女狩りが始まるぜ。それともう一つ、奴らは自らの存在を誇示するために、歴史の改ざんを企ててい……る……」

焚書か」

「いや、焚書ならまだいい。奴らは俺たちのような能力者を使って、かなりの文書を改ざんしている。巧妙にな……、ウグゥ」

「それで、俺にどうしろと?」

「ああ、ニコル、やべえ。目の前が暗くなってきたぜ。最後に葉巻を吸わせてくれ」

「いや、だから、どうしろと?」

   理事長は、ニコルが火をつけたキューバ産のボリュームある葉巻を咥え、哀しげに空を見つめた。いや、もう何も見えてやしないのかもしれない。

「幸せな……、一生だった……」

   がっくりとうなだれた理事長は、そのまま動かなくなった。

 

「そういうわけで、今俺はここにいるんだよ」

 ニコルは葉巻を咥え、トナカイの首元をさすりながら言った。

「いや、どういうわけか、まったく理解できませんわ」

 クリスマスの夜だった。レベッカは突然部屋に入ってきたニコルを警戒して言った。お馴染みの赤い帽子と赤いコートを着ているものの、その目の鋭さは想像と違っていた。何かの間違いでマフィアがそんな格好をさせられているのではないか、と思った。

「だから、サンタクロース中央理事会で決定したんだよ。理事長と二人だけの臨時会議だったけどね。君へのプレゼントは、先刻も言ったように、本の中に入り込める能力だ。文字通り本の中の君が怪我をすれば、実際の肉体にも傷がつく。嫌なら断ってもいいんだぜ」

 レベッカは困惑した表情を見せながらも、未知の冒険に胸が高鳴った。実のところ、倦んでいたのだ。何の不自由もなく生きてきた自分の人生に。勉強ばかりの学園生活、男の子の噂話、冷酷ないじめ……、そのすべてが退屈だった。

「ふぅ、ニコルさんて、強引なのね」

「ちょっと待て、嫌なら断っても……」

「私、強引な男性に弱いの。だって、せっかくキルナから鉄鉱石と一緒に貨車に揺られ、ナルヴィク港まで出て、荷物に紛れ込んで密航していらしたのでしょう?」

 いや、トナカイの引く橇でひとっ飛びだよ、とニコルは言いかけたがやめた。少女の妄想は計り知れないほどの破壊力がある。これはひょっとすると、俺たちの強い武器になるかもしれない、とニコルは煙を吐きながら思った。

「オーケー。じゃあ、一つお試しでやってみようか。そうだな、この本なんてどうだろう?」

 ニコルは本棚にあったエドワード・ゴーリーの絵本『不幸な子供』を抜いて、差し出した。

「いいわ。でも、なんだか緊張しちゃう」

 ニコルがレベッカの額に掌をかざすと、淡い光が放たれた。

「意識を本の中に集中してみてくれ。帰る時も、同じ要領だ」

 するとその場にレベッカは倒れこみ、魂が抜けたように動かなくなった。

 しばらくして戻って来たレベッカはげろげろと嘔吐し、咳き込みながらニコルに言った。

「この世界は間違っている。でも私は戦いますわ。まずは最初のミッションを教えて下さらない?」

 レベッカの白い頬は赤らみ、サファイアのような碧い瞳の奥は燃えていた。【了】

 

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