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しのふく通信

物語をめぐり、言葉をめぐり、それから。ーーーー✖︎篠崎フクシ

#6 Convenience

#6 Convenience

「駅前のコンビニあるじゃん? ちょーかわいい店員さんが入ったんだよね」

 フリーターAは鼻毛を抜きながら、友人のフリーターBに言った。

 Bは痩せすぎでほとんど骨と皮の状態だった。この一週間、一日一食のカップラーメンと水道水だけで生き延びていた。先月、インフルエンザで交通誘導のバイトをかなり休んだので、収入が激減していた。しかしBは友人の言葉に励まされ、布団から這い出てきた。

「そうだ、コンビニに、行こう」

 まるで京都に行くかのような口調でBは言った。小太りのAは、鼻毛を灰皿代わりの空き缶に捨てながら、「行こう」と同意した。二人は同志だった。大学を卒業後も三十歳近くまでダラダラとフリーターなぞしているのは、フォークデュオでメジャーデビューを目指しているからだ。インディーズではそこそこの知名度だったが、最後の壁を突き破れないでいる。それはもしかしたら、互いに隠し事をしているからかもしれなかった。

 演技のような軽口を叩きながらも、薄々気づいてはいた。決定的な、事実に。

 

「いらっしゃいませ」

 自動ドアが開いた瞬間、店員の透き通るような声が店内に響き渡った。郊外の夜中のコンビニエンスストアは、さすがの駅前でも客がまばらだった。

「ほら、あの娘」

 Aはレジにいる女性を見て言った。二人はジブリ映画に出てくる空賊のように、鼻の下を伸ばして「いい」と言った。

「なるほど、名前は?」急にきりりとした表情になったBは、空腹で限界にきているはずの心と身体を奮い立たせて訊いた。もちろん本人ではなく、Aにだ。

「名札にはカサギって書いてあった」

「ほおお」とBは週刊誌を広げながら唸った。「ドストライクです」

 柔らかい栗色のミディアムヘアを後ろで束ねた女性は、二人と目が会うと、困惑した表情を見せた。やばいやばい、俺たちは危険な客でないという信号を発しなければならない。貧しいフリーターが無料で遊べる数少ない娯楽を、奪われるわけにはいかないのだ。はあ……。二人はため息をつく。

「ここで強盗でも入って来れば、俺たちの価値も上がるのにな」

 小太りのAは拳を握り締め、正拳突きのポーズをとった。ちなみに運動経験はほぼほぼゼロだ。というか、ゼロだ。ただし、銃の扱いには自信があった。

 終電車が去った時間なのに、客は誰も入ってこなかった。二人の他に客はいない。Aは何食わぬ顔で、タバコ買ってくるわ、と言ってレジに向かった。

「マイルド・セブン」

「許せねえな、あいつ。俺たちのカサギちゃんを試していやがるのか?」

 Bは憤慨したが、その女性、カサギ・マリアは迷うことなくメビウスに手をかけた。

 同時にAはマリアの後頭部に銃口を向け、「悪く思うなよ、お嬢さん」と言った。

 銃声がコンビニ店内に響き渡る。

 フリーターBは驚きのあまり声を失ったが、すべてを目撃してしまった。マリアが手にしていたのはタバコではなくサバイバルナイフで、しかもAが引き金を引くよりも早く、それがAの胸に突き刺さったのを。

 マリアはエプロンを取り外し、まだ息のあるAの顔面を蹴り飛ばした。

「簡単な罠にかかりやがって……。わざと急所を外してやった。簡単には殺しはしない。さあ、脱げよ、気持ちよくしてやる」

 予想はしていたが、フリーターBは夢を見ているようだった。マリアは二度目の復讐を終え、Bに札束の入った封筒を渡す。

「危険な協力、ありがとう。おそらく、警察を装った男が一人、あんたに聞き込みに来るだろう。そうしたら伝えてくれ。お前が最後の一人だと」

 マリアは結んでいた質素なヘアゴムを外し、栗色の髪を下ろしながら言った。大きな瞳に薔薇色の頬。殺し屋にしては美しすぎる、とBは思った。そのまま自動ドアを開け去っていくマリアの後ろ姿を見つめながら、Bは自分たちに何が足りなかったのか、漸く悟った。

 コンビニの有線放送からは、レディオヘッドの〈クリープ〉が流れていた。【了】

 

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