ことば置き場

物語をめぐり、言葉をめぐり、それから。

#5 Beretta

#5 Beretta

 歌舞伎町の地下にあるトカゲの店は、一見何の変哲も無いアダルト・グッズ専門店だった。初めて店を訪れた時、その胡散臭さに呆れ返ったが、かえって身を隠すにはいい場所なのかもしれない、と御木本は考え直した。店に入ると右手の棚にはDVDが壁一面に並べられ、向かい側にはその手のグッズが陳列されている。

 そして、小さな音量でジャズの音楽が流れている。

 アルバート・アイラーの〈サマータイム〉か……。

 店員のカマキリが、ちょうど若い女性客に商品の説明をしているところだった。「このボタンを押すと、このように動き出します」

 蝶ネクタイをしたカマキリは、まるでオモチャ屋でNゲージの説明をするように、丁寧に商品の説明をした。価格の根拠、関連法規、使用方法、商品が誕生してからの歴史、輸入品と国産品の比較、ジェンダー文化論、さらには心身への実際的な効用まで、あらゆる知識を開陳した。

「使用方法を誤りますと、時に、お客様のお身体を傷つけることになりますのでご注意ください」

 客のクレームを回避し、製造物責任法などに抵触することなく話を進めていく手法は鮮やかだった。商品そのものに関心はなかったが、その手法には素直に感心した。

   カマキリは恭しく客にお辞儀をしてからこちらを向いた。

「やあ、御木本さん。トカゲさんがお待ちかねですよ」

「少しは痩せたかい、俺の元上司は」

 カマキリは首を左右に振り、両肩を上げた。

 

「あら、よく来たわね〜。退屈してたのよ、ミッキー! 遊びましょ」

 隠し扉を開けたとたん、革張りのソファに座るトカゲが、イベリコ豚のピッツァを頬張りながら叫んだ。業界でトカゲと呼ばれている彼女は、昔は痩せ身の美人だった。刑事を辞めてから、なぜか異常に太り始めている。

「遊んでいる暇はない。ブツは?」

「あらん、気が早いわね〜、そんなんじゃ女にモテないわよん」

「どうでもいい、早く仕事用の銃をくれ。もう、俺とお前は運命共同体なんだ」この頃には、元上司を〈お前〉呼ばわりしても、違和感がなくなってた。

 仕方がないといった表情で、トカゲはソファの背もたれの裏からベレッタM92を取り出し、ガラステーブルの上に置いた。眼前の黒い塊は魅力的な光を放っている。魔性の黒だ。

 本物かどうか確かめるために、警察学校で習った手順で分解する。メカを知らなければ、偽物をつかまされることがあるからだ。これから初めての仕事をする上で、御木本は少し気が立っていた。

 まず銃の残弾がないことを確認してから、マガジンを取り出す。

 フレームの右側にあるテイクダウン・ラッチ・ロックを押し、ラッチを下方回転させ、バレル、つまり砲身を自由な状態にする。次にフレームから取り外したスライドから、リコイルスプリングガイドを外す。バネの部分だ。最後にバレル後端のロック解除ピンを押して、バレルをスライドから抜き出す。

 こうして、五つの部品に分解されたのを見て、細部を確認し、すぐに逆の作業に移る。その間、一分もかかっていない。

 静寂の中に、金属の擦れる音が小さく響く。

 すべてを終えて、御木本は小さな吐息を漏らす。

「気が済んだ?」

「ああ、こいつを使わないことに越したことはないが」

「どうだろうね。これが依頼人とターゲットの情報よ」

 御木本はメモを頭に入れてから、ライターで火をつけた。灰皿の上で揺れる炎は、二人の殺し屋を昏く照らしていた。【了】

 

【参考】床井雅美『ベレッタ・ストーリー』、徳間文庫

 

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