ことば置き場

物語をめぐり、言葉をめぐり、それから。

#4 Ghost Writer

#4Ghost Writer

 昨年末に急逝した父の遺品を整理していたら、不思議なものを発見した。

 それは、私の知らなかった父の別の姿だった。高校で理科の教師をしていた、道徳的で生真面目な父が、家族に隠れて小説を書いていたのだ。本棚にはアインシュタイン量子力学についての、いわゆるそっち系の本ばかりが並び、小説などはほとんどなかったのに。
「一冊だけあるよ。ほら、ヒソカ
 母はそれを本棚から抜き出し、テーブルの上に置いた。聞いたことのない作家の聞いたことのないタイトルだった。
「それにしてもさ、お父さんて、こんなこと考えていたんだ」
 ウェブ上の父は饒舌で、実際の寡黙な姿からは想像できなかった。投稿サイトでの連載は中途で止まっている。日付は亡くなる前日。前日?
「お母さん、お父さんが亡くなる前日って、私たち、何してた?」
「さあ……、クリスマス前だったから、部屋の飾り付けか、プレゼントやら食材やらの買い出しに行っていたかも」
「私たちの目を盗んで死ぬ間際まで書いていたなんて、執念を感じるな」
「まあ、凝り性だったからね、あの人」

 そういうわけで、私は父の小説を完成させようと、筆名をそのままにして、続きを書くことにした。父の表現を真似、父だったらどう考えるかを想像しながら書き進めた。初めはぎこちなかったが、やがてすらすらと筆を運べるようになり、ほとんど父の霊が乗り移ったかのようだった。文字通りのゴーストライターだ。
「あんた、就活は大丈夫なの? すっかりお父さんみたいになっちゃって。伊達眼鏡まで掛けて」
 母はパソコンにしがみついている、仙人のようになった娘を心配して言った。
「大丈夫。そこそこの大学だから、学歴フィルターの心配もないし、SPIだって高得点だし。あとは……」
「あとは、対人スキルに課題を抱えている」
 私は口を噤んだ。図星だった。大丈夫なのは座学だけで、面接や集団討論では相手を論破するのに躍起になって、笑顔すら作れないという、惨憺たる有様だった。
 でもクソウ……、生きづらいんだよ、生きづらいんだよ、私みたいな人間にとってはさ! この世界はさ! 狭くって汚いしさ! ブラックインターンでは、ゴミみたいに扱われてさ! 死にたくなるほど、嫌な世界なんだよ! そう私はぶちまけたかった。でも、四十七歳で死んだ父はそんなことは言わなかったので、思い直した。
 ようやく完成した父の筆名の小説は、ある出版社の目にとまり、はれて世に出ることとなった。
 タイトルは、『明滅する世界の縁』とした。
 父は喜んでくれるだろうか。それとも、ただ苦笑いをして視線を逸らすだけだろうか。いつものように。
 LINEの着音が鳴る。友人のナスから、梅見のお誘いだ。相変わらず馬鹿だな、ナスは。昨夜の雨と風で、近くの公園の梅の花はほとんど散ってしまっただろう。けれど、それもまた、悪くないか。【了】

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