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しのふく通信

物語をめぐり、言葉をめぐり、それから。ーーーー✖︎篠崎フクシ

詩集#7 やまい

#7 やまい 春に咲く花が散りゆき 灰色の路面が薄桃色に染まる なのに 僕の咳はまだ止まらない 胸の奥から渇いた咳が かってに かってに 僕の意思ではないのに それは迫り上がる海面のように おそるべきちからをはっきして 神の教えに反した放蕩者の道の 足跡…

詩集#6 感情消失の記念碑

詩集#6 感情消失の記念碑 言葉を奪われた君は その日 一冊の詩集を 燃やした その炎はとても小さく 小さく 小さく 小さく 小さく 小動物に捧げられた墓標のようだった 言葉を奪われた君は その日 聖なる書に 火を放つ その炎は 君がこれから誰も愛することが…

ノンブル・ゼロ #2 cooking time

ノンブル・ゼロ #2 cooking time 「この世界には二種類の人間が存在する」 林フツツカは、都立高校の家庭科室で、生徒たちに向けて語り出す。チョークを持ち、黒板に一気に書き殴る。小学校の時に合格した書道検定三級という、微妙な腕前ながら、勢いだけは…

人々への眼差しー『ミュシャ展』から

日曜日の午後、乃木坂駅から地上に出ると、春の陽気に心和む。遠くに開花を始めた桜の木が見える。新国立美術館はチケットを買うのも長蛇の列に並び、館内もおしくらまんじゅう状態だった。 でも、来てよかった、と思う。 先日、録画しておいた「日曜美術館…

床屋

床屋 この物語はコーエン兄弟〈バーバー〉のオマージュである。もちろん、スクリーンはモノクロになっている。 ✳︎ 吉祥寺駅の公園口を降り、街の喧騒を抜け、井の頭公園への道を歩く。俺は暗い夜道に床屋のサインポールが浮き上がるのを確認する。もう二十年…

詩集#5 諦めの見返り

詩集#5 諦めの見返り 揺れる 列車の 向かいの席で 若い女が 歯をむき出しにして 笑う 楽しそうに笑う その口腔のおくに 銀歯が光る 俺は それでいい と思った 俺の この偽善よりも いいと思った 女の口腔のおくに 銀歯が光る 誰とも口を聞きたくなかった 俺…

サニーデイ・サービスを聴きながらー弥生のおわりに

今朝、灰色の冷たい空気のなか、FMラジオを聴きながら車を走らせていた。 左折し、国道20号をまっすぐすすみ、味の素スタジアムをすぎたあたりで音楽が流れてくる。とくに傾聴していたわけではなかった。 タイトルに〈桜〉という言葉が入っていたので、今朝…

詩集#4 裏切りの証左

詩集#4 裏切りの証左 そこは無風地帯だった 停戦合意にいたった街は それでも悲しみと猜疑と憤りに満ちていた 武器を放棄した俺は場末の酒場で つぎの抵抗の場を模索していた あの小男が あの裏切りという名の小男が現れたのは そんな時だった 裏切りは人懐…

安曇野 #3 森の中ではー絵本美術館にて

安曇野 #3 森の中ではー絵本美術館にて 一昨日の午后、自転車で遠くまで走ってみようと思った。穂高温泉郷に向かって、まっすぐ緩やかな勾配を上ってゆく。ママチャリだと結構キツイ。 先刻まで晴れていたはずなのに、急に雨雲が広がる。山の匂いがしだいに…

安曇野 #2 碌山が遺したものー碌山美術館にて

安曇野 #2 碌山が遺したものー碌山美術館にて こうして僕も書き言葉で表現しているのだが、改めて人が何かをつくりだすことの神秘に、驚嘆せざるをえない。それは言葉でなくとも、たとえば料理や建築や音楽でもいい。そこには何かしらのメッセージが含まれて…

安曇野 #1 山茱萸の黄色と

安曇野 #1 山茱萸の黄色と 家族の見舞いがてら、ひさしぶりに安曇野に帰省する。大糸線の豊科駅を降りると、まだ肌寒い。上空に強い寒気が流れ込んでいて、今日は全国的に寒いらしい。 少し雲で霞んでいるが、常念岳をはじめ、アルプスの山々はそれぞれ個性…

詩集#3 雨の日の全力

詩集#3 雨の日の全力 冷たい雨が降った 今日も俺は 何かしらを語り続けた 八時間 語り続けた 喉が 灼ける 白墨の軽さとは タイショウテキニ 腕の重みで肩が傾く わかってる わかってるぜ これで最後なんだろう? 窓の外は冷たい雨 階下のパーキングでは 毛…

借景(下)

アパートに戻ろうと踵を返したとき、近所の老婆に声を掛けられ、シンヤは立ち止まった。白髪で腰の曲がった、小さな老婆だった。 「あら、藤見さん、お元気?」 「ええ、まあ」 アパート暮らしであまり近隣の住民と懇意にしていないので、適当な挨拶でやり過…

借景(上)

板がめくりかえる音が雷のように響く。 バリバリと音を立て、小型のショベルカーが木造家屋を解体し始める。公道からの隘路を通らなければならないので、重機は小型でなければならないが、まさかこんなに本格的にやるとは、と藤見シンヤは眼を見張った。 「…

眠りについて ージャック・ロンドン『火を熾す』から

昨夜は飲みすぎたせいかそれともストレスなのか、真夜中に目を覚ましてしまった。早朝覚醒のような、アレか。経験的に、こういう時はすぐには眠れないだろうと考え、コップ一杯の水道水を飲んでから布団に入る。枕元の置き時計は二時を表示している。 仕方が…

詩集#2 いつもの不信感

詩集#2 いつもの不信感 君は僕の愚かな失敗に気づいただろうか 僕は君の小さな失敗に気づかない 空がこんなに青く澄んでいるというのに またとらわれる いつもの不信感に 僕の失敗はいつも君を苛立たせる だから僕は小石を拾う 投げた小石は川面を切り 銃…

ノンブル・ゼロ #1 prologue

#1 prologue 大臣政務官の執務室からのぞむ街の色は褪せている。久しぶりの雨だ。権力の象徴である議事堂の三角頭も靄がかかり、今日はどこか寂しげだ。 肘掛け椅子に深く座る松坂屋凛子は、そんな窓の風景を背にしてこちらを睨みつけている。向かい側の女も…

詩集#1 詩人の嘘

詩集#1 詩人の嘘 その男は 疲労の国から来たという そこでは 誰もがうなだれ疲れているという その男も 疲れ果て虚ろな目を足もとに落としている 黒いカラスが俺の耳に囁く 黒いカラスが俺の耳に囁く フリードリヒは溺れて死んだよ その女は 氷の国から来…

Essai3 運命についてーポペスク『砂漠の下の海』から

先週金曜日、都内の大学の外部講師としての仕事を終えた。もう大学の教壇に立つことはないだろうと思い、最後にもう一度振り向き青空の下の講義棟を眺める。大勢の学生を前にして大講義室で喋るということを何年もやってきて、慣れているはずなのに、いつも…

Essai2 構築について ー森鷗外『普請中』から

言葉をつかい、物語をつくることが好きだ。言葉のない物語というものもあるのかもしれないが、僕はこのやり方しか知らないので、こうして言葉を紡いでいる。というか、スマホの表面を撫でている。 言葉はイメージを喚起する。赤いハンカチーフという言葉によ…

#10 Checkmate

#10 Checkmate 佐々並心療内科の医師、佐々並顕一郎はいつも暇だった。暇だからロクなこと考えないんですよ、と教え子の御木本が言うので、勧められるままにチェスをはじめてみたら、これが面白い。大切なものを失ってからというもの、アルコール依存と鬱状…

#9 Graduate

#9 Graduate 誰もいない教室に一人、僕は佇んでいる。 夕方、校舎の裏口からこっそり忍び込み、教室の窓から校門の方を眺める。 夕日の淡い光で、窓枠の影が廊下側の壁に向かって伸びてゆく。 静かだ。 いつも流れているピアノの旋律も、いまは聴こえない…

#8 Coffee Break

#8 Coffee Break これまで犯してきた自分の罪はいくつくらいになるのか、桐屋創士は実際に数えたことがある。そうしたら、気が遠くなるほどの数に上ることがわかり、呆然とした。一口にギルティと言っても、あくまで主観的なものであり、その言葉の定義な…

Essai1 憎しみについて−菊池寛『恩讐の彼方に』から

雑感 憎しみについて −菊池寛『恩讐の彼方に』から 人は時に、憎しみにとらわれ、そこから出られなくなることがある。 自らのプライドが傷つけられたり、心身へ暴力を振るわれたり、あるいは他者に無視されたりと、さまざまな原因があるだろう。 愛する人を…

#7 Rebecca’s determination

#7 Rebecca’s determination 不意の襲撃だった。生き残った者はわずかにいるが、組織は壊滅状態に陥っていた。スカンディナビア半島北端にあるサンタクロース連合中央理事会の理事長は、オルト・ヒューマンの仕業だと漏らした。 「オルト・ヒューマン?」 …

#6 Convenience

#6 Convenience 「駅前のコンビニあるじゃん? ちょーかわいい店員さんが入ったんだよね」 フリーターAは鼻毛を抜きながら、友人のフリーターBに言った。 Bは痩せすぎでほとんど骨と皮の状態だった。この一週間、一日一食のカップラーメンと水道水だけで生…

#5 Beretta

#5 Beretta 歌舞伎町の地下にあるトカゲの店は、一見何の変哲も無いアダルト・グッズ専門店だった。初めて店を訪れた時、その胡散臭さに呆れ返ったが、かえって身を隠すにはいい場所なのかもしれない、と御木本は考え直した。店に入ると右手の棚にはDVDが…

#4 Ghost Writer

#4Ghost Writer 昨年末に急逝した父の遺品を整理していたら、不思議なものを発見した。 それは、私の知らなかった父の別の姿だった。高校で理科の教師をしていた、道徳的で生真面目な父が、家族に隠れて小説を書いていたのだ。本棚にはアインシュタインや…

小説出版のお知らせ

小説出版のお知らせ 以前、カクヨムという投稿サイト(現在は退会)に掲載していたいくつかの作品を統合し、『明滅する世界の縁』というタイトルで出版することになりました。先日、日本橋出版様と出版契約を結びましたので、ここにお知らせいたします。紙と…

#3 Whodunit

#3 Whodunit 「犯人はこの四人の中にいます」 私立探偵のフタツキは、男女三人を前にして得意げな顔を見せた。 「ちょっと、依頼主はわたくしざますよ! わたくしを除いたこの二人が怪しいざあます‼︎ 」 中年の厚化粧の女が金切り声を上げる。 ざますって……

#2 Fight Money

#2 Fight Money カサギは控え室で静かに壁を見つめている。これが最後の試合になるかもしれない。もとより覚悟の上だが、蛍光灯にぶち当たっては落下する蛾の哀れな羽ばたきが、自分の人生に重なって見える。歳をとりすぎたのかもしれない。 ホールからの…

#1 Marriage

#1 Marriage 駅の改札を出ると、ビル風が頬を打つ。空が曇天で覆われ、風が強く吹いている。早くしないと雨が降り出すかもしれない、と御木本シウは空を見上げながら考えた。頭上にはグレーの膜が果てしなく広がり、まるで永遠の目隠しを強要されているみ…

時々、また、時々

時々、また、時々、 何かを書きます。 どこかで書いた小説の続きを。